2018
10
Dec

ブログ

嫌悪感の芸術

先日、野外で作品の写真を撮っていた時のこと。

 

わりと草木の生い茂る公園で撮影をしていたのですが、

終了して遅いお昼を食べようと飲食店に入った時、

 

人間の連れ1名(カメラマンさん)のほかに、

毛のいっぱい生えた毛虫さんを一匹、

鞄の上に乗せてお連れしていました。

 

鞄を椅子に下ろした瞬間に気付いたので、

これはこれはとティッシュにそっとくるみ、

外の茂みにご退去いただいたのですが、

 

その時、連れの人間の方は気を使って、

”虫は大丈夫ですか?”と。

 

どうして人は大人になると、

虫が苦手になることが多いのでしょうか。

 

私は、小さいころ母が一緒になって

あらゆる虫取りをしてくれたので、

かなりの虫ハンターでした。

 

それも、捕まえたカマキリを家で飼育するために

生きた蝶をエサとして捕獲してくるような

なかなかの野生児だったので、

虫好きは消えることなく大人に成長。

 

極めつけは、二十代の屋久島スケッチ旅。

 

虫だらけの島に散々通っていたおかげで、

より色々な虫を知れるようになり、

虫好きは消えるどころか、まだまだ更新中。

 

未だに害のない虫は、素手で触れます。

 

虫は、生命の循環の大きな一部です。

私の作品の一部でもあります。

 

益虫や害虫など、人間の中では色々と分けたがりますが、

地球から見たら、全ての生命の一つです。

人は、自分中心で世界を見がち。

 

 

さて、大人になってからの虫嫌い、

 

これは、虫について何の知識もなく

好奇心だけで好きになる幼少時に対して、

 

人は成長するにつれ、害のある虫を知り、

また人間から見たら異形と言えるその容姿に、

本能的に嫌悪感を抱くようになっているそうです。

 

それなら、魚や鳥やその他の哺乳類にも

同じことが言えそうですが、

やはりそこは、自分の食べ物やペットになる生き物に対しては、

身近な存在として見慣れているのでしょう。

 

小さい時によく虫取りをした子供も、大きくなるにつれ、

好奇心の範囲はどんどん広くなり、

次第に虫との距離ができていきます。

 

その距離と期間が長ければ長いほど、

羽が生えていたり、足や節が一杯あるような異形の容姿に

より嫌悪感を抱くようになるということだと思います。

 

つまり、大人になっても

毛虫さん、こんにちは。などと思っている私の方が、

レアな人間。

 

そんな人間の描く、生命の世界。

今後も、異形のものを沢山生み出していこうと思います。

 

嫌悪感から入っていただいてもかまいません。

色々と感じていただけたら幸いです。

 

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