2019
28
Jan

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主体性と芸術について

普段、生活している中で、

良く理解できない人と出会うことがありますよね。

 

悪い人ではないのだけど、

どうしてこういう行動をとるのだろう…。

 

最近、ある心理カウンセラーの方が書いていたものに

とても納得のいく記事があったので、

少々精神分析のお話を。

 

それは、

「主体性があるかないか」

ということです。

 

主体性とは、自分で考え動くこと。

これは、決められたことを積極的にする自主性とは違います。

 

ようは自分の人生、

自分で考えて、満足のいく方向へ自ら動いていくことを好む人が、

主体性のある人。

 

逆に、自分で考えることが苦痛な人もいます。

誰かの引いたレールに乗って生きる方が楽だと思える人。

こういう人は、主体性のない人。

 

私は、明らかに自分の好きなことを追求していく人間なので、

”考えない方が楽”

という思考があることを、今まで知りませんでした。

 

親が引いたレール、会社のルールでこなす仕事、

これを無難にこなす方が楽な人もいる。

 

逆に、そこから外れる方が、

どうしたらいいか分からなくて苦痛。

 

そういう人は、欲求不満を一時的な快楽で

解決する傾向が強いそうです。

 

なるほどと思いました。

それは、昔のファミコンから、

今のスマホアプリのゲームまで、

私も、小さい頃は初期のファミコンにはまりましたが、

大人になってからのロールプレイングゲームなどは、

数日で飽きてしまいました。

 

ゲームの中の目新しい世界も、

数日経つと、人の作った世界の中で

右往左往していること自体が段々つまらなくなってきて、

ゲームの中の進展ぐらいでは、物足りなくなってきます。

 

それを大人になってもずっと楽しめる人、

それは、決められた世界の中だからこそ楽しめる人だということ。

 

これを、芸術の観点から見ると、どういうことになるか。

そういう人は、おそらく、

みんながいいといった有名な作品に関しては、

興味が行くかもしれません。

 

しかし、自分の視点がないという意味では、

まだ知られていない作品に興味は示さないだろうなと思います。

どう判断していいか分からないからです。

 

こう考えると、

日本人は主体性に乏しい人の割合が多いのかもしれません。

 

現代アートなどは特に、

海外で評価された日本人作家が日本でも評価されるといった逆輸入、

どこまでも受け身な姿勢が続いています。

 

よって、日本の現代アート作家の作品は、海外に流出し続けます。

作品に価値を見出すのは、海外のコレクターが多いからです。

 

私は、それではいけないと思います。

なぜなら、日本にもいい作品を作る芸術家は

たくさんいるからです。

 

いいものは作るのに、発信力に乏しい日本。

万博だけではなく、もっともっと世界中を巻き込んだ、

日本の芸術の祭典が必要なのかもしれません。

 

私も今後も、日本と海外、両方に力を入れて、

発表していきたいと思います。

 

少しでも、日本の芸術の素晴らしさを

伝えられる作家になるべく。

 

参考記事リンク

【心理カウンセリングの部屋 田尻健二】

主体性が高い人と乏しい人との主な違い

 

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